コラム・特集

8.2 安全計画の基本的な考え方

IEハンドブック

第6部 人間工学

第3章 安全管理

8.2 安全計画の基本的な考え方

安全管理者が日常的に解決しなければならない問題は,山積している状態である.それに対応できるように,企業としても,財政的にあるいは,人材的にもより多くの力を注いできたが,一方で重大事故が発生している現実もある。そうしたなかで安全計画を推進していくには,日々の地道な活動が効果的であることはいうまでもない。その結果が長い日でみたとき,事故による損失を減少させることにもなる。そこでは,安全管理者の責任が大きく,いかに計画を立案し,体制を整わせ,実施していくかが重要になってくる。経営者からも従業員からも支持される安全と健康の向上を目的とした組織的活動にどう取り組んでいくか,まさにその点がポイントといえる。

安全を達成するための土壌
安全といえば,すぐに,「安全に気をつけよう」という標語を思い出すが,経営者の首脳陣は,到底できないことだと頭から決めてかかっている人が多い。そのため,安全計画の多くは,行政的な要求を加味しつつ,当座必要となる問題に対して展開しているにすぎなかった。安全や健康の向上を目的とする計画のなかに,「土壌」という考え方を取り入れてこなかった。

この「土壌」という考え方を,安全計画の中に導入したのがPetersonである。Petersonの考え方の基本は,安全管理に行動科学の成果を導入したもので,現在,この分野で指導的な役割を果たしている。

それでは,この「土壌」とは何であろうか,その内容は単純ではなく,いろいろな要因が組み合わされて従業員に影響を与えるものである.端的にいえば目に見ることができない「感じ」であるとか,従業員の「態度」とかである。そこでは,管理者のリーダーシップのスタイル,労働組合が支持するか,圧力をかけるか,日常的な作業における同僚のグループの考え方,モチベーション等が含まれる。良い「土壌Jが形成されている場合には,管理者の首脳陣,監督者,労働者すべてが一体となっているという感じが醸成され,そこでは個人の目的と組織の目的の達成に向かった努力が行われる。同時に,チームの構成員がそれぞれの役割,なすべきことを積極的に受けとめ実行されていく.この両者があいまって,安全計画がより強力に推進されるといえる。
こうした「土壌」という考え方は,安全計画を計画し,実施するなかで取り入れていかなければならない。実際にそうしなければ,計画は成功しないであろう。実際には,いろいろな「土壌」があり,どのような「土壌」のもとに計画を進めるかは,経営者の首脳陣が決定し,下におろされてくる.そうした基本的な「土壌」を,いかに自分たちの部門に反映するかが,目標を成し遂げる際に緊要である。

目標をもった体系的な取り組み
安全計画を成功させるためには「目標管理」あるいはPetersonの提唱した「目標をかかげた安全」というように,体系的な取り組みが必要である。それには安全や健康に関わる専門的知識と同様に,体系的な管理の取り組みについての豊富な経験が要求される。このような専門的知識および豊富な経験をともに持った人は数少ない。そのため多くの企業では,最初の計画を実行する段階では,コンサルタントに依存し,次第に自分たちで行うようにしている。

手順的には

(1)どのような計画を立案したらよいのか,その時の問題点について,まず分析を行い,
(2)目標となる到達点,問題点の解決方法を具体的に設計,
(3)目標を達成するに適した組織作り,
(4)計画を実行する委員会の設定,となる。体系的な管理について,かなりの部分は,テキスト,セミナー,短期間の講習を活用することができるが,結局は,安全計画を実施する過程を通して得られる知識,経験を,安全担当者自身が修得することが,重要なポイントといえる。

事故防止の基本的な考え方
安全計画の第1歩は,安全管理者が鍵となるような課題を設定することから始まる。そこでは,組織的な取り組み,あるいは,計画の基本的な考え方,日標とする方向が明確になっていることはいうまでもない。さらに,安全計画を成功させるか否かを決める環境作りが十分になされていることも決め手になる。

次に重要なことは,古くからいわれている以下のような課題である。

1.事故の原因は何か― 不安全行動が原因なのか,あるいは不安全状態(機械,工程,用具,装置,作業場所等)が原因なのか.
2.事故の防止をいかに効果的に行うか。
「災害防止は,適切な計画を設計して行うべきである」と最初に提唱したのは,産業災害の父といわれるハインリッヒ(H.W.Heinrich)である.そのことによって,災害に対する考え方が飛躍的に展開したといえる。1931年の当初,彼は,産業災害防止論(Industrial Accident Prevention)を著し,事故防止に関する考え方,取り組み方を述べているが,現在でも,その考え方は生きている。そのなかで,ハインリッヒは,「事故とは何か,どのようにして,なぜ起こるのか,防止するにはどのようにしたらよいのか,その具体的方法は」ということについて,正しい知識を持つことが必要であり,その知識にもとづいて,作業の安全化を図ることを提言している。ここで,ハインリッヒの災害防止論のなかで,骨子になっている考え方をまとめてみよう。

事故とは何か
「事故とは何か」という設間に対して,最も一般的なのは,「事故とは,傷害の原因になった出来事である」という解答である.この考え方は,OSHAのなかで決められている「報告が義務づけられている事故Jいいかえれば,事故の結果,死亡したり,入院治療したり,加療したり,損失労働日数が計上されたり,仕事を変わったり,仕事をやめたり,意識を失ってしまったりした事故にもとづいている。応急手当だけで済んでしまうような小さな事故は,報告が義務づけられていない。
実際に発生した事故の90%近くが,こうした報告が義務づけられていない,傷害をともなわない事故であることをハインリッヒは見出している。このような軽微な事故は,事故というよりはニヤミスとして扱われているために,表面に現われてこない。設備,装置,用具に損害を与えるような軽微な事故は,事故といえるのだろうか.損害を受けるのが個人であるのか,経営者であるのかの相違はあるにしても,軽微な事故といえども事故といえる。双方の事故とも思いがけないときに発生するし,大部分の事故は防止できることを考え合わせても,区別する必然性は何も存在しない。むしろ双方の事故とも同じように扱うことによって,より多くの事故防止に関する情報を手に入れることができる.特にニヤミスは,事故が発生しそうな潜在的な要因を把握する上で有用な情報源として活用すべきである。

前に戻って,「事故とは何か」という設間に対しては,無計画で,制御できない,思いがけなく発生し,その結果傷害や損害が起こる可能性を持った事象といえるであろう。

事故の起こり方
「どのようにして事故が発生するのか」について,最も一般的であり,かつ認められている考え方にハインリッヒの法則がある.それは,「連鎖」または「ドミノ」理論といわれているものである.ここで,ハインリッヒの著書から引用してみると次のようである。
「……一連の事象あるいは状況の極く当たり前の帰結として……ある事はもう1つの事によって,そのもう1つの事は,次の1つの事によって,といったように,ちょうど最初のコマが倒れると,その列のコマが次々に倒れるように並べられたドミノの列のように,連鎖を構成する」。

この理論は,また,事故をどのようにしたら防止できるかも明らかにしている。というのは事故を導く要因の1つを取り去ることによって,「事故の連鎖」を止めることができるからである。

ハインリッヒがドミノにたとえている連鎖とは次のようである。
(1)床系および社会的環境.
(2)旧人の欠陥.
(3)不安全行動および不安全な機械的,物理的環境.
(4)不測の事態.
(5)傷害.

最近,事故分析の専門家は,連鎖における要素の数およびその複雑さが,とみに拡がりをみせていると指摘しているが,基本的な考え方は同じである。とともに,この連鎖モデルをもとにして,数多くの他の概念モデルが提案されている。それらの多くは,ハインリッヒのモデルに,どのようにして,なぜ事故が起こるのかを展開したものである.例えば,疫学的モデル,エネルギー変換モデル,行動モデル,システムモデル,ハドンモデル(Haddon model),複合原因モデル,動態的モデル,サリー(Surry)の連合モデルがある.こうしたモデルについては,サリーの著書『産業災害研究』(Industial Accident Research)に詳述されている。

なぜ事故が起きるのか
前述したモデルは,事故の直接的な原因が,不安全行動および不安全な機械的,物理的状態に関連することを基本にして成り立っている。一方,多くの安全担当者は,事故の90%が不安全行動に基因しており,残りの10%が不安全な機械的,物理的状態によっていると考えている。この考え方にもとづいて,安全担当者は,不安全行動をとる人は訓練されていない人であり,また不安全状態によって事故が発生するのは,まだ不安全状態を改善していないためと考えがちである。

人間工学的な考え方のもとでは,不安全行動の多くは,設計に基因するもので,安全を考慮した設計がなされていないということが強くいわれている。このことは,機械,作業場所,道具,方法,仕事のやり方が,人間の身体的,心理的な能力と限界に適合するように設計しなければならないことを示している。基本的には,ある身体的あるいは物理的な条件のもとで,どのような行動をとることが多いかを予想することである。 しかし,時にはある状況のもとで,正常な行動や反応がエラーや不安全行動になってしまうことがある。教育・訓練によって,エラーや不安全行動を減らすことはできるが,全くエラーや不安全行動が起こらないようにすることは,不可能であう。したがつて,危険な状態を除去することに,最も力を入れなければならない。とともに,除去できないような危険に対しては,保護具,教育,訓練が十分になされなければならないといえる。

最近になって,危険防止を考えた設計あるいは改善について,製造物責任訴訟,事故に巻き込まれた第二者に対する責任問題といった別の角度からの見直しが行われている。そうしたなかで,「危険を予め知ることができないだろうか」という考え方が導入されてきている。危険予知の観点から再度周囲の物理的環境を分析しなおしてみようとするものである。例えば,危険な状態を見せておいて,危険な要因を合理的に予知することができるであろうか。危険を予知したときの反応は,危険を予知したとき周囲の人,あるいは装置との関連は,事故による被害を拡大しないための予知はできるのか等々である。安全計画のなかで,強いていえば事故の直接的原因となるのは不安全行動と,不安全状態に分けて考えることができる.また,間接的な原因が,事故となるような事象の連鎖に重要な役割を果たしている場合もしばしばある。

事故の根本的な原因として,次のような事項が考えられる。

1.エラーを誘発するような,作業場所,用具,機械,物理的な環境等の不用意な設計.
2.労働者と作業との不整合.
3. 安全計画をよりよい計画にする,あるいは,より効果的に実施できるような「土壌」の準備,援助がなされていない.
4.安全に作業を遂行するため,または安全な作業状態を確保するために決められた基準に従わない.
5.技能についての知識の欠如.
6.不適当な経営者あるいは労働者の態度.

このような考え方は,いままでの観点より,事故原因に対する責任を経営者側に重きを置いた考えになっているが,次第に受け入れられるようになってきている。
例えば,(1)最近,OSHAでは,労働者の安全と健康は,雇用者の責任であるとしている,(2)厚故の原因となる不安全行動,不安全状態は,従業員の要求,モチベーションを理解しようとしない経営システムの欠陥を表わしている, という考え方がとられるようになってきている。

本コラムは絶版となっている「IEハンドブック(サルベンティ編・日本能率協会訳・1986)」をアーカイブとして掲載するものです。このハンドブックの各章は多くの事例と理論を通して生産性向上に対するアイデアを提供するべく専門家によって執筆されています。基盤をなしているIEの考え方・原則はインダストリアル・エンジニアリングにかかわるすべてのひとに有用でしょう。

関連記事一覧

2019ものづくり公開セミナーガイド

B2Bデジタルマーケティングセミナー

ものづくり人材育成ソリューション

マーケティング分野オンラインセミナー